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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)3164号 判決

原告

松浦巖

右訴訟代理人

後藤孝典

新美隆

被告

日本国有鉄道

右代表者

高木文雄

右訴訟代理人

森本寛美

右被告指定代理人

前川隆

外二名

主文

被告は原告に対し、金二〇〇円及びこれに対する昭和五〇年三月一六日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実《省略》

理由

一1  被告は、国が国有鉄道事業特別会計をもつて経営する鉄道事業等のため設立された公法上の法人であり、新幹線〈編注、東海道本線新幹線〉が被告の経営にかかるものであることについては当事者間に争いがない。

2  被告が、昭和二三年一二月二〇日成立し、昭和二四年五月一日より施行された日本国有鉄道法により設立され、運輸省から国有鉄道の経営を引き継いだことは、公知の事実である。

二1  〈証拠〉によると、原告は、昭和五〇年二月二〇日新大阪駅から東京駅までの間の新幹線を利用するため、右駅間の新幹線自由席特急券と大阪市内・東京都区内間の普通乗車券を購入して運送契約を締結し、右普通乗車券の代金として金二八一〇円を支払つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  新幹線の東京・新大阪間の実測キロ〈編注、実測線路延長キロ〉が515.4キロメートルであり、在来線の東京・新大阪間の実測キロが552.6キロメートルであること、新大阪・大阪間の実測キロが3.8キロメートルであること及び被告が昭和五〇年二月二〇日当時新幹線利用の場合でも、大阪市内・東京都区内間の運賃を、在来線の実測キロ556.4キロメートルを営業キロとして、運賃法〈編注、国有鉄道運賃法〉に従い算出した金二八一〇円と同一の額にしていることについては、当事者間に争いがない。

3  〈証拠〉によれば、

(一)  被告が新幹線の運賃〈編注、普通旅客運賃〉を在来線の運賃と同額にするについては、営業規則〈編注、旅客営業規則昭和三三年九月二四日日本国有鉄道公示第三二五号〉一六条の二をその根拠としていること、

(二)  被告は、新幹線を設置してその営業を開始するに際し、その実測キロが在来線のそれとは異なるにもかかわらず、その運賃を在来線のそれと同一とする方針を固め、その方法として、「東海道本線と東海道本線(新幹線)とは、同一の線路として旅客の取扱いをする。」旨の営業規則一六条の二を設けたこと、

(三)  その結果、新幹線の運賃は、東京、新大阪のように、新幹線と在来線の駅が同一地点に存在する場合はもとより、新横浜、岐阜羽島のように新幹線の駅が在来線の横浜、岐阜と異なる地点に存在する場合にも、これと同一運賃とする方法が採られてきたこと、

が認められ、右認定に反する証拠はない。

以上によれば、営業規則一六条の二は、その表現がやや明確を欠くきらいがないではないけれども、新幹線の運賃算出については、在来線の営業キロ〈編注、運賃の算定の基礎となるキロ数〉をもつて新幹線の営業キロとする旨定めたものと解するのが相当である。

三原告は、被告が新幹線の運賃を在来線の運賃と同額とすることは、運賃法に違反し無効であると主張するので、以下この点につき判断する。

1  〈証拠〉を総合すると、国有鉄道の運賃については、運賃法制定以前から、原則として次の各原則が採用されていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(一)  対キロ運賃制

一キロ当りの賃率を定めて、これに乗車区間のキロ程を乗じ、個々の具体的運賃を算出する方法

(二)  遠距離逓減制

遠距離を乗車する旅客が有利になるように、乗車距離に応じて賃率を何段階かに分け、遠距離の賃率をより低くする方法

(三)  全国一率賃率制、総合原価主義

賃率を路線ごとあるいは地域ごとに設けることなく、全ての路線を一体として経営の採算を考え(総合原価主義)、全国のすべての路線に同一の賃率を適用する方法

2(一)  日本国憲法八三条は、「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。」と定めて、国の財政を国会のコントロールの下におく国会中心主義財政の基本原則を明らかにし、八四条は、これを財政収入の面から具体化して、「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律の定める条件によることを必要とする。」と定めて租税法律主義の原則を明かにした。

(二)  財政法三条は、右の憲法の趣旨をうけ、実質的に租税と同様の意味をもつ国が国権に基づいて収納する課徴金及び法律上又は事実上国の独占に属する事業における専売価格若しくは事業料金についても、すべて法律又は国会の議決に基づいて定めなければならない旨を定めて、国会中心主義財政を広く徹底して行うこととした。

(三)  しかしながら、財政法三条が制定された昭和二二年三月当時、我国の経済は、戦争直後の混乱が続き、政府が物価統制令に基づき、物価統制に関する広汎な権限を与えられて物価行政を行つていた状態にあり、財政法三条を直ちに施行して、その対象となる価格及び料金等のすべてにこれを適用することは相当ではなかつたので、財政法三条の全面的適用を見合せる措置として、特例法〈編注、「財政法三条の特例に関する法律」昭和二三年四月一四日成立〉制定され、右の経済緊急事態の存続する間に限り、財政法三条に規定する価格、料金等は、次に掲げる事項を除いて法律の定め又は国会の議決を経なくとも、これを決定又は改定できるものとされた。

(1) 製造煙草(外国煙草及び輸出用製造煙草を除く。)

(2) 郵便、電信、電話、郵便貯金、郵便為替及び郵便振替に関する料金

(3) 国有鉄道(国有鉄道に関連する国営船舶を含む。)における旅客及び貨物の基本賃率

特別法の立法経過に照らせば、これらの事項が特例措置の除外対象とされたのは、これらの価格、料金等がいずれも国民の生活と深いかかわりがあり、経済緊急事態の存する間においても、なお国会により決定されることを相当とすると考えられたためであると解される。

3(一)  特例法は、財政法三条の施行の際、現に効力を有する基本賃率は、財政法三条の規定施行の日において、同条の規定に基づいて定められたものとみなす旨の経過措置を定めていた(附則)ので、従前の基本賃率は、直ちにその法的効力を失うところとはならなかつたが、その後運賃改訂の必要が生じたのを契機に、昭和二三年七月右の財政法三条、特例法の趣旨に従つて運賃法が制定・公布されたことは公知の事実である。

(二)  運賃法は、数次に亘り改正がなされたが、昭和五〇年二月二〇日現在の運賃法(昭和五一年法律第七五号による改正前のもの)の普通旅客運賃に関する規定は、次のとおりである。

(第一条)

1 日本国有鉄道の鉄道及び連絡船における旅客運賃及び貨物運賃並びにこれに関連する運賃及び料金は、この法律の定めるところによる。

2 前項の運賃及び料金は、左の原則によつてこれを定める。

一 公正妥当なものであること。

二 原価を償うものであること。

三 産業の発達に資すること。

四  賃金及び物価の安定に寄与すること。

(第三条)

1  鉄道の普通旅客運賃の賃率は、営業キロ一キロメートルごとに、六百キロメートルまでの部分については五円十銭、六百キロメートルをこえる部分については二円五〇銭とする。

2  鉄道の普通旅客運賃は、営業キロ区間別に定めるものとし、その額は、各区間の中央の営業キロについて前項の賃率によつて計算した額とする。

(第八条)

全体として日本国有鉄道の総収入に著しい影響を及ぼすことがない運賃又は料金の軽微な変更は、日本国有鉄道がこれを行うことができる。

(第九条)

この法律に定めるものの外、旅客又は貨物の運送に関連する運賃及び料金並びにこの法律に定める運賃及び料金の適用に関する細目は、日本国有鉄道がこれを定める。但し、鉄道営業法(明治三十三年法律第六十五号)の規定の適用を妨げない。

(第九条の二)

第五条、第六条、第七条第三項及び第九条の規定により日本国有鉄道が左の各号に掲げる運賃等を定める場合においては、運輸大臣の認可を受けなければならない。

一 定期旅客運賃

二 コンテナ貨物運賃

三 手小荷物運賃

四 旅客運賃及び貨物運賃の最底運賃

五 第六条の特別急行料金及び急行料金並びに寝台料金、特別車両料金その他の料金

六 第三条第二項の営業キロの区間

(三) 運賃法は、煙草の価格や郵便電信電話料金等とは異り、全国にわたる国鉄網に点在する駅の数が極めて多いため、個々の駅間の組合せが莫大な数となり、その運賃額を法定することが不可能に近く、また、将来線路や駅が増設される度に運賃法を改正しなければならなくなることを避けるため三条において、営業キロ一キロメートル当たりの運賃、すなわち基本賃率を法定することにより、財政法三条の趣旨を実現することとし、これにより従前から鉄道旅客運賃決定の基本原則とされてきた対キロ運賃制、遠距離逓減制、全国一律賃率制(総合原価主義)の原則を踏襲することを明らかにするとともに、九条において、被告に運賃の適用に関する細目を決定する権限を与え、八条において、全体として被告の総収入に著しい影響を及ぼさないことを条件に、被告が三条及び九条により算出される運賃の変更をすることができる旨を定めた。

(四)(1) 運賃法八条にいう「運賃の変更」とは、〈証拠〉により認められる運賃法の立法経過及び同条が「全体として日本国有鉄道の総収入に著しい影響を及ぼさないこと」をその条件としていることからも明らかなように、運賃の割引を指すものであつて、現行の各種運賃割引制度は、いずれも同条に依拠するものであり、別表2記載の経路特定制度(営業規則六九条)は、営業キロの長い経路を通行する場合においても、その運賃を短い経路の営業キロで算出することを定めるもので八条による割引に外ならないが、同条が「運賃又は料金の軽微な変更」に関する規定である以上、同条は、運賃又は、料金算出の基礎になる営業キロの決定には何らの関係もなく、また、同条がその趣旨から「運賃又は料金」の増額を許すものでないことは明らかである。

(2) 営業キロ決定のための一般原則である営業キロの通算制や営業キロの距離別区間制、その例外規定である別表3記載の特定都市内制度、東京山手線内制度、大阪・新大阪関連運賃制度等は、いずれも運賃法九条に依拠するものであるが、その内容が「運賃の適用に関する細目」に関するものとして、その裁量の範囲に属するものでなくてはならないことはいうまでもないところである。

4(一) 〈証拠〉によれば、

(1) 運輸省は、運賃法が制定施行される以前においては、自己の経営権に基づき、旅客及び貨物の運賃について、前記認定の対キロ運賃制、全国一律賃率制、総合原価主義の原則に立ち、「営業キロは、原則として実測キロメートルを四捨五入法をもつてキロ以下一位にとどめるものとする。」との作成方針に従い、営業キロを定めてきたが、並行する私鉄等の運賃が国鉄運賃と異なるような場合には、その営業キロをあるいは伸長し(割増営業キロ)あるいは短縮する(短縮営業キロ)ことにより、その調整を図つてきたこと、

(2) しかるに運輸省及び被告は、運賃法が制定施行された後においても、運賃法には営業キロの内容を特に定義づける規定が存しなかつたことから、営業キロの設定に関しては、同法施行前と同様の運用が当然に可能であると考え旅客運賃に限つても、東京電車環状線内及び大阪城東線内の各区間につき昭和一七年四月一四日以降実施されていた短縮営業キロ(当初約六〇パーセント、昭和一九年以降は約四〇パーセント短い。)を昭和三六年三月末までそのまま維持し、また、別表4のとおり昭和三五年中に開設された指宿線の山川・西頴娃間の八区間、能登線の鵜川・宇出律間の四区間、岩日線の川西・河山間の七区間、越美北線の福井・勝原間の一六区間につき、新線開設に伴う赤字の一部を補填するため実測キロより割増営業キロ(岩日線については1.5倍、その余の各線については1.6倍)を設定し、昭和三六年五月まで維持したこと、

(3) 被告が運賃法九条に基づき距離別区間制の例外として定めた東京山手線内制度によれば、「東京山手線内の所在駅と東京駅から五一キロメートルないし二〇〇キロメートルまでの駅との相互間の普通旅客運賃は東京駅を起点・終点としたキロ程によつて計算する。」とされているため、例えば、高尾から新宿まで(42.8キロメートル)、藤沢から品川まで(44.3キロメートル)乗車しようとする乗客は、それぞれ高尾から東京(53.1キロメートル)、藤沢から東京(51.1キロメートル)までの営業キロより算出される運賃(ただし、定期旅客運賃は、実測キロにより算出されている。)を支払わなければならず、その結果、実測キロによる場合に比べ、いずれも約三〇パーセント高い運賃を支払わなくてはならなくなつており、その当否はさておき、国鉄運賃の中では、新幹線の運賃とともに、実測キロに基づく場合よりも高い運賃を支払わなければならない例外的場合となつていること、

が認められ、右認定に反する証拠はない。

(二) 新幹線は、在来線が昭和三〇年初頭に至り、その輸送能力の限界に達し他方、国民総生産の見通し等から、東海道本線の輸送需要が、少なめに見ても、昭和五〇年度には、昭和三三年度に比べて、旅客、貨物ともそれぞれ二倍以上になることが予想されたので、被告主張の経過でその建設が論議され、幹線調査会が昭和三三年七月七日運輸大臣宛に新幹線の建設及びその運賃については、新幹線が在来線と総合一体の施設であることに鑑み、各駅間のキロ程が異なるにもかかわらず在来線のそれと同額にすべき旨を答申し、被告主張の経過でその着工が閣議決定され、国鉄総裁が昭和三四年三月二五日運輸大臣に対し、日本国有鉄道法五三条による線路増設工事の認可を申請し、同年四月一三日運輸大臣の認可を受けて工事に着手し、昭和三九年一〇月一日からその営業を開始したことについては、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、当時運輸省及び被告は、運賃法の規制があるのは、賃率に限られ、営業キロについてはその規制がなく、また、新幹線の設置により、運賃収入が減少することだけはどうしても避けたいと考えていたので、その運賃を在来線のそれと同額にすることとしたが、前記調査会の答申や新幹線が増設線として認可されたこともあつて、そのことが運賃法上許されるかどうかについては特段の検討をせず、いわば当然のこととして、営業規則一六条の二を設け、これを実行したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(三) 新幹線が博多まで延長された後も、新幹線の運賃については、在来線のそれと同一とされていること及び新幹線の東京・岡山間(新大阪・岡山間は、昭和四七年三月一五日から開業)の実測キロが676.3キロメートルであるのに、その営業キロが732.9キロメートル(8.4パーセント増)とされており、東京・博多間(岡山・博多間は昭和五〇年三月一〇日から開業)の実測キロが1,069.1キロメートルであるのに、その営業キロが1,176.5キロメートル(10.0パーセント増)とされていることは公知の事実であるところ、〈証拠〉によれば、被告の新幹線による昭和四九年会計年度の収入は金三二二七億三六〇〇万円、昭和五〇会計年度の収入は四七三八億二四〇〇万円であることが認められ、右認定に反する証拠はないから、仮に、特急料金、グリーン料金等除いた普通旅客運賃収入がその二分の一であるとし、これに前記営業キロの割増分を乗じることにより割増による収益増を概算するとすれば、その額は、昭和四九年度には約金一三六億円(昭和五〇年三月一〇日から岡山・博多間の新幹線が開通しているが、この点は、この計算では考慮されていない。)、昭和五〇年度には約金二三七億円となり、被告が新幹線の営業キロを在来線のそれと同一にすることにより挙げている収益は決して少ないものではないことが推認され、右推認を覆えすに足る証拠はない。

5  被告は、運賃法三条は賃率を法定してはいるけれども、営業キロは法定しておらず、その決定を被告の裁量に委ねているから、被告が幹新線の運賃を在来線のそれと同額としたことには何らの違法もないと主張するのであるが、財政法三条及び特例法は、同法に定める国営または国有事業の料金等につき、その決定の権限を被告から取り上げ、財政的見地からは徴収すべき額を、他方国民を保護する見地からは、それ以上は徴収されない限度としての額を法律により定めようとするものであつて、これをうけて制定された運賃法三条が対キロ運賃制を採用し、その算出のための要素である営業キロとこれに乗ずべき賃率のうち、賃率のみについて規定していることは、同法が営業キロを係数a、国会により定められる賃率を変数xとし、特定区間の運賃yをy=axの方程式で算出することにより、運賃自体を法定するという目的を達することができるとの考えに立つているものというべきであるから、同条は、被告の主張するように、営業キロ(右係数a)を被告の裁量に委ねられた可変のものとは考えておらず、実測キロにより決定されるべきことを当然の前提としているものであり、ただ極めて例外的な場合として、複線である特定の駅間において、その上下線の長さが異なるときや、バイパスとして建設された線が在来線と実測キロを異にし、しかもその両線が一体として運行の用に供されているときには、上下線の運賃を異にしたり、乗車する列車のダイヤがいずれの線路を通るかにより運賃を異にするという不合理な結果を回避し、営業キロを一本化するため、その区間に限り、三条により、または九条による運賃適用に関する細目として、いずれの線が先に開設されたか、その運行の状況(いずれの線がより多く用いられているか等)等を考慮のうえ、その実態に従い、あるいはいずれかの実測キロをもつてその営業キロとし、あるいはその両線の各実測キロの間で相当と認められる距離をもつてその営業キロとすることが許されるというべきである。もし、被告の言うように、営業キロの決定が被告の裁量に委ねられているとすれば、運賃は、被告が営業キロを増減することにより左右できることになるが、そのようなことが運賃法定のため制定された運賃法の趣旨に反するものであることは多言を要しないところであり、運賃法九条の二が、三条の二により被告が営業キロの区間を定めるについても運輸大臣の認可を受けなければならないとしていることからみても、そのような解釈が許されないことは明らかである。

従つて、被告が運賃法の改正によらないまま、新線開設の赤字を補填し、または運賃収人の減収を防止する目的で、その営業キロを実測キロより伸長することはもとより、並行私鉄の運賃との調整のためその営業キロを伸長、短縮することは、いずれも運賃法三条に違反するものというべきであり、ただ営業キロの短縮は、それが実質的にみて、合理的な理由に基づき、実測キロより短い営業キロにより運賃の割引をしたものとみることができ、しかも運賃法八条の要件を充すときに限り、同条による運賃の割引として、有効と解する余地があるに止まるというべきである。

6(一)  そこで、新幹線の営業キロを在来線のそれと同一にすることが、先に述べた実測キロの異なる上下線の営業キロを単一にする場合のように、運賃法三条により、または九条の運賃の適用に関する細目として、例外的に許容されるかどうか問題となつてくるが、被告は、これを肯定する根拠として、次のものを挙げている。

(1)  新幹線は、在来線の線路増設として建設されたものであつて、在来線と高度の代替性があり、両者が総合一体の施設であること、

(2)  運賃は、場所的移動の対価であるから、新幹線と在来線の同一区間の運賃は同一金額であるのが適当であり、幹線調査会も運輸大臣に対し、新幹線の運賃を在来線のそれと同一にすべき旨を答申していること、

(3)  新幹線の営業キロと在来線の営業キロとを別立てにすると、普通乗車券の発売業務、乗り換え・変更手続が複雑、煩瑣となり、これに対応するため人的、物的施設の増強に莫大な費用を要することになるが、両者の運賃を同一にすることは旅客にとつても便利であり、しかもこれにより旅客が負担する支出増は極めて僅かなものであること、

(二)  新幹線が在来線の線路増設工事として認可を受け、完成されたことは先に認定したとおりであるが、新幹線が、在来線とは軌道の巾員を異にし、相互に乗入れはできないものであつて、新幹線総局の管理の下に独自のダイヤを編成し、新幹線独自の乗務員によつて運行されており、その建設が行政手続上線路増設認可によつたものであるにもかかわらず、その実態は在来線とは完全に独立した輸送体系を構成していることは公知の事実であつて、在来線とは、東京・新大阪間では、新横浜、岐阜羽島を除く各駅で接しているため、近距離の駅間では、旅客が乗車時点でそのいずれを利用するかを決めるような場合もありうるが、長距離乗車の場合には、旅客は予めいずれに乗車するかを確定しているのが通常であり、また、在来線には夜行列車に一部長距離列車が残されているものの、昼間においては、新幹線が並行している区間に関する限り、在来線の長距離列車が殆んど廃止されているため、長距離乗車の旅客は好むと好まざるとに関わらず、新幹線を利用せざるを得なくなつていることは公知の事実であつて、新横浜や岐阜羽島のように在来線と接していないところはもとより、それ以外の駅間においても、新幹線と在来線の間に被告の主張するような高度の互換性があるとは認められず、これを先述の上下線相互間またはバイパスと在来線間の実測キロが異なる場合と同視し、新幹線全体に実測キロとは異なる営業キロを設定するようなことは、到底運賃法の許すところではないものといわなければならない。

(三)  次に被告は、運賃は、同一区間の場所的移動の対価であるから、新幹線と在来線とは、その実測キロの異同にかかわらず、同一金額であるべきであるというのであるが、新横浜、岐阜羽島の如きは、もともと在来線と接してはいないのであるから、同一区間の場所的移動ではありえないのみならず、運賃を対キロ制で決定する限り、同一区間の場所的移動であつても、その経路を異にするときには、その運賃が異なるのはむしろ当然のことであつて、現行の国鉄運賃制度の下では、経路を異にする同一区間の場所的移動の場合を運賃を同一としている例外的場合として前述の経路特定制度が存在するが、これらの場合の運賃は、いずれも短い線の営業キロで算出されることになつており、そのことが運賃法八条による割引とみるべきことは先に述べたとおりであつて、新幹線と在来線の場合のようにこれを長い線の営業キロで算出することは、運賃法の根拠を欠くものという外なく、このことは、幹線調査会が両者を同一運賃にすべきことを答申したことにより左右されるものではない。

(四)  最後に被告は、新幹線と在来線の営業キロを同一にすることには、被告の事業の遂行を容易にし、旅客にも便宜を図ることができると主張する。確かに、新幹線の営業キロを在来線と別個に設定すれば、乗車券の種類及び被告の主張する発券、経路変更等の事務量が飛躍的に増えるであろうことは想像に難くないが、これらは新線の開業に当つて常に生ずる問題であつて、新線を開設する以上、それに伴う経営上の問題として、被告は、新線開設による運賃増収の中から、若し、それができないときは、総合原価主義の建前から、運賃法を改正して、三条の賃率を増額することによりこれに対処し、解決すべき問題であり、これに伴う必要経費の支出を避けるため、その営業キロを伸長し、その運賃を増額することは、自己の経営上の問題を解決するため、一方で必要な経費の支出を免れ、他方で増収を図るといういわば二重の利益を挙げることになり、このようなことが国鉄運賃を租税にも比肩すべき国の事業料金として、これを国会のコントロールの下に置こうとした運賃法の趣旨に反し、到底許されるものでないことはいうまでもなく、そのうえ、被告がこのことにより挙げている利益が決して少額のものでないことは先に認定したとおりであり、これに被告が新幹線の運賃を別立てとすれば支出しなければならなくなる人件費、物的設備等を加算すれば、その額は極めて多額なものとなることは明らかである。

四以上によれば、被告が新幹線の運賃を在来線のそれと同一にしていることは、運賃法に違反するものというに外ならないから、原・被告間に成立した前記認定の運送契約に基づき、原告が被告に支払つた金二八一〇円のうち、運賃法によつて算出される金額を超える部分については無効であり、被告は、原告に対し、右超過部分の代金を不当利得として返還すべきものであるところ、在来線の大阪・新大阪間の実測キロが3.8キロメートル、新幹線の新大阪・東京間の実測キロが515.4キロメートルであることは、当事者間に争いがないから、営業規則八六条により大阪・東京間のキロ程によつて算出されることとなる大阪市内・東京都区内間の運賃は、運賃法三条、営業規則八条、七七条により金二六一〇円となり、被告は、これを超える金二〇〇円を不当利得したものというべきである。

五そうすると原告が被告に対し、右金二〇〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日であることが本件記録より明らかである昭和五〇年三月一六日以降右完済に至るまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用は民事訴訟法八九条を適用して全部被告に負担させることとし、仮執行の宣言はこれを付さないものとして、主文のとおり判決する。

(野崎幸雄 森脇勝 市村陽典)

別表1

別表2

制度名

制度の内容

主な沿革

経路特定制度

次の8区間については,旅客の実際乗車経路のいかんにかかわらず,○印の経路のキロ程によつて普通旅客運賃を計算する。

(1) 大10年1月当時次の区間について既に実施していた。(大10.1鉄道省告示旅客及荷物運送規則第26条)

福島~青森間○東北本線奥羽本線

日暮里~岩沼間○東北本線常磐線

(2) 昭和25年5月当時には上記区間等12区間について実施

区間

経路

キロ程

札幌

長万部~・苗穂

・白石

室蘭本線・千歳線

○函館本線

(長万部~札幌)

(キロ)

206.4

174.0

大沼~森

函館本線(東森経由)

○函館本線

(大沼公園経由)

35.3

22.5

日暮里

・田端 ~岩沼

・赤羽

常磐線

○東北線

343.1

328.4

河原田~津

関西本線・紀勢本線

○伊勢線

31.3

22.3

山科~近江塩津

東海道本線・北陸本線

○湖西線

93.6

74.1

三原~海田市

呉線

○山陽本線

87.0

65.6

岩国~櫛ケ浜

山陽本線

○岩徳線

65.4

43.7

肥前山口~諫早

佐世保線・大村線

○長崎本線

87.5

60.8

別表3

制度名

制度の内容

主な沿革

特定都区市内制度

次の都区市内の所在駅とそれぞれの中心駅から201㎞以上ある駅との相互間の普通旅客運賃は,中心駅を起点又は終点としたキロ程によつて計算する。

(1) 14・6東京等6大都市(301㎞以上)で実施

(2) 18・7廃止,東京,大阪(151㎞以上)で実施

(3) 36・4東京,大阪(201㎞以上)で実施

(4) 44・5東京等6大都市(201㎞以上)で実施

(5) 47・9札幌,仙台,広島,北九州,福岡の5都市追加

都区市内名

中心駅

所在

駅数

都区市内名

中心駅

所在

駅数

東京都区内

東京

68

広島市内

広島

38

横浜・川崎市内

横浜

40

北九州市内

小倉

22

名古屋市内

名古屋

10

福岡市内

博多

21

京都市内

京都

11

仙台市内

仙台

12

大阪市内

大阪

35

札幌市内

札幌

13

神戸市内

神戸

16

東京山手線内制度

東京山手線内の所在駅と東京駅から51㎞~200kmまでの駅との相互間の普通旅客運賃は東京駅を起点・終点としたキロ程によつて計算する。

19・8・1から実施

大阪・新大阪関連運賃制度

新大阪又は大阪と姫路以遠との相互間の普通旅客運賃は,大阪駅を起点・終点としたキロ程によつて計算する。

47・3・15から実施

別表4

制度名

制度の内容

主な沿革

割増キロ程制度

線名

指宿線

能登線

岩日線

越美北線

(1) 34・11・9第25回鉄道建設審議会(鉄道敷設法第3条)決議に基づき擬制キロ程を設定

(2) 36・5・20いずれも廃止

項目

開業年月日

35・3・22

35・4・17

35・11・1

35・12・15

旅客

実測キロ

17.7キロ

(40円)

9.9キロ

(20円)

27.9キロ

(70円)

44.9キロ

(110円)

営業キロ程

28.2キロ

(70円)

15.8キロ

(40円)

41.9

(100円)

69.6キロ

(170円)

倍率

1.6倍

1.6倍

1.5倍

1.6倍

貨物

実測キロ

32.8キロ

27.9キロ

36.5キロ

営業キロ程

180.0キロ

83.8キロ

145.0キロ

倍率

5.5倍

3.0倍

4.0倍

(注) ( )内は当該キロによる運賃

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
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